Mas Sawadaの音楽の話

このコーナーではこの道50年の僕と音楽と**のお話しをしようと思います。

その1
僕が音楽に目覚めたのはやはりドラムですね。
勉強がキライで授業中も窓の外ばかりを見て様々な妄想を観ていた小学生でした。
絵を書くことが大好きで授業が算数でも国語でも僕はいつもお絵かきの時間。
落書きのレベルじゃなくて、本気でスケッチしていました。毎日毎時間がお絵かきの時間。
そんな子供でした。
当時、グループサウンズというものが流行していて僕もフツーに憧れていましたね。
TVを観ていて、ふと電撃が走って・・・って、たいしたことじゃないのだけど。
あの当時のTVのセットってドラムは何故か高い所にセットしてあって、何かその高さに
グッーと来たのです。サワダ少年は(笑)
カッコイイ〜って、そんな頃うちの裏にあった空き家で何かガタガタ音がするので、覗くと
中学のお兄ちゃん達がバンドごっこをしていたんです。
なぜごっこか? だってギターはホウキ、ドラムは石油カンを並べて(笑)
でもそれがサワダ少年にとって衝撃だったのです。あ〜ぁカッコイイ!!
お兄さん達が去って、僕は石油カンを叩き続けました。いつもの妄想の中・・
そして、僕のお絵かきはドラムの絵ばっかりになっていったのです。
今でも何も見ないでカタログの様なドラムの絵を描けますよ(笑)
で、ある日小学校の音楽室の横にある楽器室?に忍び込んで色んな太鼓を
並べてドラムのマネをしていたら先生に見つかっちゃって・・・怒られるかと思ったら
「沢田君はそんなに太鼓が好きなんだ」って運動会の時のドラムの奏者に推薦
してくれたのね。
もぉ僕は無我夢中で練習をしました。もっと上手くなりたい って大人の人のバンド
に参加させてもらってり、もちろんブラバンも(小学生なのに中学以上の)参加させて
もらったり、スティック持つ手の親指と人差し指の間はアザが出来ていました。
僕が持っていた楽器って、スティックだけだったけど・・大切にしていた。折れてはイケナイ
と思い楽器屋さんで一番太くて重い、スティックを買ったんだよね。これがアザの原因
だけど。そのスティックのお蔭で鍛えられたんだけどね。(今でも実家にあると思う)
そんな小学5・6年 そのまま中学へ
この先は次回。

では。

その2へ